じったの日記帳

19歳から始めたオンライン遺書 https://note.com/zitta1107

1ヶ月間毎日ブログを書いてみたけど

結論

・疲れて文章の質が落ちる

・自分の時間が無くなる

結果、自分は毎日書けませんでした

 

毎日ブログ更新は1ヶ月間で挫折しました

最初は気合も入っていて「100日間書くぞ」と思っていたが実際書いてみるとこれがかなりめんどくさい

もちろん日によって疲れていたり時間が少なかったりするときもあったりでその日の文章の質は全然変わる

 

その事による懸念点は自分があまり出したくない質の薄い記事を量産してしまう原因にもなりかねない。

なので不定期更新ぐらいのペースでその分、文章のクオリティは高くするというイメージが一番自分にとって合っているなと書いていて思った

 

それと毎日長文を書くことの大変さ、クオリティを高くすると完成させるまで余裕で2時間位は消えるし、疲れてるときは1000文字書く時点で限界を感じる

毎日ブログを書いてるブロガーはすごいなと一瞬思ったけど、実は毎日ブログを書くことと文章のクオリティを両立できる人はほとんどいないのではと思った。

更新頻度が高い人ほど内容の濃さと反比例するイメージがある

逆に面白い文章を書くなと思った人ほどブログでその記事しか公開してないことも少なくない。

 

書くことが楽しくても毎日やってれば面倒くさくなる。改めて大学生に置き換えてみたら毎日レポートを書いてるような感じなのでそう考えると結構すごいかもしれない

そう思うと忙しい人はブログって向いてないなと思った。

 

あとブログは寝る前に書いていたのでパソコンのブルーライトを夜にギンギンに浴びた結果、睡眠の質の悪化につながってたかもしれない。毎日朝4時には確定で目覚めるし。

 

それにここ数ヶ月、自室に引きこもりでオタク友達におすすめされたアニメをマラソンしているのでブログを書く時間をアニメに使えれば、おすすめされたアニメを完走するまでの時間が短縮される。2時間書いてた時間をアニメに使えるのはでかい。

 

それはそうともどうして他のブロガーはブログを書くことを「有意義な時間」と思考停止して発言しているのだろう。

やっぱりアフィでお小遣い稼ぎができるからだろうか、ぶっちゃけ文章を書くのであれば本質的にTwitterと変わらないし書いたところで簡単に収入になるとは思えないが。

 

まぁでもこのブログを長文Twitterのノリで書いてみるのも結構ありだなとも思ったし、簡潔に書く能力みたいのは少しは上がったと思うし、何よりも書くことって面白いなと改めて思った1ヶ月間だったと思う。

遺書としてのブログ

別にこれから自殺するわけでもないが、遺書とブログというのは案外相性がいいなと思っている

 

ビジネス目的のブログではなく、ただ気持ちを書き連ねて言語化するブログだったら生前どんな人だったかを表す手段としてもきっと役に立つものだと思うしインターネットがある限りは自分が生前書いた記事が他の人に伝わると思ったらそれはそれでロマンを感じる

 

この前とあるインターネットサービスがサーバーの更新契約を忘れていて、バックアップも無くサービスが消滅してしまったというニュースを見た。

自分ははてなブログというブログサービスで書いていていて、サーバー維持など面倒なことをしないので、死んでサイトが放置されてもこのサービスが続く限りは消えることはないと思うが、完全に個人でサーバー管理している人はブログの存続が自分に依存しているので、そういった意味でブログサービスで書く意味というメリットはあると思う。

 

それならSNSで良いんじゃないかとも思ったがSNSは何も考えずに投稿することが多く、素が出すぎる感じがして文章が軽い

でもブログだったらSNSと比べて目的を持ってしっかりと文章を考える行為がなされるし、タイトルがあるというだけでも文章を書く心構えは自分の中では全然違う

 

結局いつの時代になっても文字媒体の需要は絶対に無くならないと思うし、自分が感じることをそのまま言語化して長文にする行為自体だけで他のブログやSNSとも差別化できて希少性としての価値を発揮する事ができると思う。

そして書いた記事の積み重ねが遺書としてのブログの価値を高める事にも繋がる

実はこういう理由もあって文章を書くという行為を楽しんでる部分が自分の中である。

 

最後に自分が実際死んだとしたらデータ関連の生理はリア友もしくはねーちゃんに任せたいところだが、このブログやオンラインストレージの写真は消してほしくないとして最大限の懸念はエッチなデータをどうするか...

自分が死んだ瞬間にSNSのアカウントやエッチなやつを消去してくれるサービスが早く出てくれないかなと期待している。

 

【豆知識】ちなみに自分のパスコードは西船橋で開きます

テニス界のヤンキー ニックキリオスの魅力


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自分の好きな選手にオーストラリアのニック・キリオスがいる

 

簡潔にどんな選手と言われればテニス界のヤンキーだ

とにかく問題発言が多く、罰金や暴言とお構いなし

無気力試合をしたりワウリンカとの試合中に「お前の恋人はコキナキスとヤッてるぜ」と不倫を暴露した問題はぶっちゃけ不謹慎だが笑ってしまった

 

まあ何かとビッグマウスなところがあったりするがそのビッグマウスに恥じることがないくらいには強い

プレースタイルは強烈なサーブとフォアハンドとだけど遊び心がある、モンフィスと似てなくもない

プレーの最大の魅力はノリにノッた時の爆発力が半端じゃないことだ。BIG4も普通に食ってしまう。さらに全豪オープンなど観客がホームになった時は手がつけられなくなる時がある。

ハードコートを得意とする選手だが一番怖いのはグラスコートだ。19歳の時にウィンブルドンでベスト8に行ったときはナダルを倒して達成したし、特に芝ではどの選手も当たりたくないと思うような選手だ。

プレーにムラがある選手でダメなときは一瞬で倒されてしまう選手だが、たまに登場する覚醒したキリオスのサーブとぶっぱフォアハンドが入りまくって観客が大盛りあがりして勝つあの状態はいつ見ても気持ちがいい。


Nick Kyrgios vs Rafael Nadal: Wimbledon fourth round 2014 (Extended Highlights)

このウィンブルドンの試合も大物を感じさせたが、最近だとアカプルコを優勝した時の爆発力が半端じゃなかった。

 

コート外でも好きなところがある

彼はテニス選手にしては珍しくアジアにルーツを持つ選手で人種に対するアイデンティティがしっかりしていて、どんな相手にも自分の意見をはっきり言う。ツアーでは問題になっている所だが逆に自分はそういう一面を見てさらに自分の中で好感度が上がった。また、チャリティにも積極的な所も良い。

 

ツアー選手に対しての対応の仕方も強面ながらも可愛いところがある。

嫌いな選手に対しては明らかに会見でも態度に出す。ナダルとフェデラーに対して不仲な印象がある。特に2018年のマイアミの準決勝でフェデラーとのフルセットタイブレークに破れたときはあまりにもキリオスがアウェーすぎてかわいそうだった。

キリオスのミスで観客が喜ぶし最後にはラケ破壊してるのを見て同情した


Federer (フェデラー) VS Kyrgios (キリオス) Miami

 

でも問題を起こしてバッシングされている中なかなか練習相手が見つからなかったキリオスに対して練習に誘った錦織とマレーに対してコメントを見るに常にリスペクトしている

錦織に対しては「アジアの選手に希望の光を灯した」と発言しているし、マレーに対しては一緒に遊園地で遊んだりゲームしたりするぐらいに仲が良くなっている

そういった自分の敵に対しては徹底的に抗戦するが、リスペクトする相手に対してはとことん慕うヤンキーみたいな一面がまた魅力なのだ

 

しかし本人は元々はバスケットボール選手になりたかったと言っているし実際モンフィス同様にバスケットボールがめちゃくちゃうまい。確か選手になる際にテニスとバスケか迷ったが、本当はバスケが好きだったけどテニスのほうがうまかったからテニス選手になったらしい。バスケのクラブチームに所属していたと聞いている(もしかしたらモンフィスと混ざっているかも)


バスケうますぎ!モンフィス ダンクシュートもwithキリオス コキナキス

 

それにしてもどうしてテニス選手はテニスの他にサッカーが異常にうまかったりバスケがうまかったりとマルチなんだろうか。本当はテニスは好きじゃなくてサッカーのほうが好きだという選手は結構多いと思う。

東日本大震災のチャリティでジョコビッチがテニス選手のみでサッカーチームを作って地元のチームと対戦したのも面白かった。


Hope For Japan Charity Soccer Match with ATP All Stars

今度テニス選手とサッカーについても書ければなと思っている。

 

 

だいぶ話は逸れたがキリオスの魅力について書いたが

・ヤンキーなテニス

・アイデンティティがしっかりしている

そんなところが魅力だ。

 

やっぱり昔に比べてテニス界の悪童はかなり少なくなったイメージだが、やっぱりどの時代にも悪童なプレーをする選手がいると緊張感があってよりツアーを面白くするには必要なスパイスなんだなと思う。

リゼロの面白さについて

リゼロ最大の魅力、それは

主人公に人間味があること

 

ラノベ発の人気アニメは多くが主人公が最強だ。ラノベからの主人公最強系アニメの基盤になったのがSAOや魔法科だと思うが、世界観や設定は割としっかりしているものの、いかんせん主人公が強すぎて感情移入がしづらい。(キリトはともかく司波達也はもうロボット)

物語において「どうせ勝つんでしょ」というくらい強いので、安心して見れることができるのも魅力だが、それ故にワクワク感が薄れてしまうことがある

 

それと並行してある要素がハーレムだ。

確かにヒロインが主人公に命を助けてもらったら惚れるのかもしれないが、それにしても主人公に惚れる女キャラが多すぎる

主人公に好意を抱いてるわかりやすいシーンが多すぎて飽和状態になっているし、そんなシーンはもっと少なくていいんだ。

 

ここらへんから売れる作品のテンプレが主人公最強でハーレムという構造ができあがってきたと思う。(でもSAOは1期は文句なしに面白かった。)

 

そして次のトレンドは異世界になって、人気が出る主人公最強系とハーレムを組み合わせた異世界チーレム(異世界召喚されてチート能力を手に入れてそれでハーレムする作品の総称)だ。

 

そこからのこの異世界チーレム系の作品の増殖の仕方はすごかった。

ある程度作品特有の世界観の設定にこだわって面白くはなっているものの、基本となっている軸は同じで、正直もうこれ系の作品は飽きたというところに見たアニメがリゼロだった。

 

前置きは長くなったがここからが本題になる。

共通するのは異世界召喚という要素だけだ。

本編での主人公は元の世界でも不登校でちょっとうざい性格をしているが異世界召喚させてもご都合でステータスは最強にはならないし魔法も使えない超ハードモードから始まる。そして拷問のように何回も死ぬ。

もちろんハーレムもなることはなく、美少女メイドに何回も殺される。また一文無しで異世界についての教養ももちろんない。

 

本当に何の変哲のない人間が異世界に放り込まれただけだ。そして自分にしかわからない苦悩を抱えて人と衝突したり逆に人と繋いだりして自分にとって大切なものを失わないために困難に立ち向かう際の主人公の心理描写もとても刺さる。

9割の地獄の中に1割の爽快感が実に癖になってしまった。

 

また作品の世界観と設定もどのラノベよりも細かく作られており、物語における矛盾点が他の作品と比べて非常に少ないということも魅力の一つだと思ってる。

 

ありがちなチート能力で解決するのではなく、現実と同じスペックの主人公の状態で達成できないことを仲間ととも力を借りながら解決している構造がとても面白いと感じた。

 

 

もうちょっと人気があってもいいと思うけど

ラノベ売上数ランキングでリゼロは25位なのだが、1位がインデックスなのが意外だしラブコメは俺ガイルしか見当たらないし他の作品は異世界に限らずとも主人公最強系の作品が多い。

決して主人公最強系の作品が嫌いではないのだが、どうしても数が多いので「流石にもう主人公最強系は飽きたでしょ」という感想が出る。

そこは人の好みだが、バトルシーンより作品においての心理描写が多い方が感情移入しやすいし、面白いと思う。

あと作品を通して現実にあるような問題に訴えかける描写ももっとあっていいと思う。

しかし自分が面白いと思う作品はブルーオシャンを狙った作品だからなのかもしれないし、何にせよパターン化している作品は飽きやすいのは事実だと思う。

ビジネスブログが飽和状態

ブログで独立を始めとしたインターネットで稼ぐ生き方が世の中に浸透してきて、収入目的でYoutubeだったりWordPressを始めたりする人が増えてきたが、その結果稼ぐためのブログのビジネスモデルが多くなりすぎて表面的なことしか書いていないブログがとても多くなった。

 

自分はビジネスブログが増えすぎる以前の状態のインターネットが好きだった。

なぜなら収入を見返りとせず、自由でその人の深層心理が映し出されるような本当の声が多くあった気がするからだ。

 

10年くらい前は検索に邪魔にしかならないサーキュレーションサイトは無いし、ブログサービスを使っていない古臭いUIの個人ブログは人の本当の言葉を写しているようでとても好きだったし、ニコニコや2chの面白いクリエイターしかいないような全盛期がとても懐かしい。

 

インターネットでお金を稼げるようになった事自体は社会にとって総合的に便利で進化をもたらすと思うが、それが人にとって面白くなるものかと思うとそうではないと思う。

 

お金を稼ぐことに目がくらんで低クオリティなサイトを生み出す状態になるよりも、もちろん面白いサイトが増えたほうが自分にとって好みだ。

 

ある意味見返りを求めないで「好きだから、面白いからやる」という状態というのは企画する人もそれを見る人もお金目的で動く状態よりも明らかに面白いものが作れると思っている。

 

そんな意味で心の底の本音が垣間見れるような個人が長文を書くようなブログサービスだったり、匿名のインターネット掲示板は自分のような需要が一定にあると思うので簡単には廃れないと思う。

近年ではエッセイストの多いイメージのnoteがその役割を担ってきていると思うが、そのうちnoteもビジネスブログのようになってしまう時が来るのだろうか。

自分がドラマよりアニメを見る理由

ドラマの構造と問題

自分があまりドラマと実写映画を見ない理由はここでは日本ドラマを例とするが、日本のドラマは面白くなりづらい構造にある

 

基本的にドラマはテレビの地上波でゴールデンタイムに放映される。そしてテレビという媒体は様々な年齢層から見られるのであって、特に日本だと脚本や表現に対してクレームが来やすく、その結果一つ一つのシーンの意味が薄れてしまう原因になる

 

またドラマもアニメも一つのビジネスであり、売上を確保してこそ存在意義がある。

テレビは視聴率とその番組の広告枠が基本な売上となる。

テレビドラマの視聴層の男女比は女性の方が高い。そうするとテレビの広告は女性向けのものになるし、そうすると必然的にドラマも女性向けに見やすいものになる。

そうするとドラマの原作も女性向けのものを採用するようになるし、女性が見ていて面白いと思う部分をテレビドラマは積極的に取り入れる必要がある。

 

ここで女性が映画を見る理由についての調査結果を見てみよう。これは映画に限らずドラマにも当てはまることがある

t.co

結論から言うと女性の映画を見る理由1位は好きな俳優が出ているからで、男性の1位は好きな原作小説の映画化だそうだ。

 

つまりこうだ。テレビドラマの視聴層が様々で比較的多い女性に対して視聴率を上げるには

・適切な配役を無視してルックスで選ぶ

・クレームが来ないように物語の表現を柔らかくする

この時点で物語としての面白さは必ず減る。

 

・適切な配役を無視してルックスで選ぶ

物語にあった適切な配役を無視した結果、イケメンならば出しますよという意思表示であり、適切な配役ではないイケメン俳優や演技力に乏しい俳優、俳優が本職ではないアイドルなどが出演することが増えて、結果、物語の面白さを表す一つであろう感情の表現に対する演技力の低下が起きてしまう。

 

・クレームが来ないように物語の表現を柔らかくする

物語を面白くするにあたって起承転結が必要になるが時には激しい表現を使わないと緊張や高揚感は生まれることはなく、クレームに配慮して激しい表現を捨てるということは時に物語において致命的なものになってしまう。

 

この2つが合わさることによってストーリーの質の低下が起こってしまい、日本ドラマ全体の質が下がってしまう要因になる。

女性のせいでドラマが面白くないと言うのはあまりにも過剰すぎるが、純粋に物語の面白さを評価したい自分にとっては面白く見えないだけで、女性にとってドラマの面白さは好きな俳優が出ているからが一番の見る理由になるので、女性がそこに面白さを感じ続ける限りは純粋な物語の面白さをみたいという理由で自分が日本ドラマを見る必要は必然的に少なくなる。

 

結果女性の方が高いドラマ視聴層や映画館は売上を出すために有名俳優でアニメ実写化をしてしまい悲惨になる。ドラゴンボール?進撃の巨人実写化?もうこれ以上犠牲者を出さないで...

 

 

アニメの構造

次にアニメだ。

基本的に円盤やアニメの映画化、グッズで売上を出す仕組みになっている。

 

アニメは基本深夜に放送されており、ターゲット層としては男性の中のオタクな少数派の層となっていて、ドラマよりも圧倒的に狭い。

視聴者層が圧倒的に少ないアドバンテージは過激な表現に対してギリギリまでアプローチできることだ。もちろんクレームも少ないので物語における起承転結を表現しやすい。現実にはありえないフィクションは物語に違和感を少なく非日常を生み出すことができ、さらに視聴者全てに万人受けする必要もないのでアニメという媒体を生かして独自路線を突き進む結果、アニメは面白くなりやすい。

 

そのキャラクターたちに声を吹き込むのが声優だ。

最近は歌って踊れてルックスも良い声優が多く、アイドル化しているが、もちろん第一は声優業における演技力が絶対に必要。

アニメの声優のキャストを決めるのは新人も中堅も大御所も基本的にはオーディションで決定される。

この時点で役を得るためのライバルがいて、競争と役が洗練される事により、アニメにおけるある程度の演技力は保証される。

アニメのキャストを決める際のオーディションはこれからも絶対消さないでほしいと願っている。声優の演技力の保証は第一にしてほしいと思うからだ。

 

キャスティングの際、事務所にかなり左右されるドラマは俳優の演技力の保証がされない点から見るとキャストのオーディション制度は映像作品において絶対必須だ。

 

自分がドラマより自分にとって面白いと思う要素が多いアニメを見る理由は大体こんな感じだろう。

日本アニメが海外に受けているというのはよく聞くが、逆に日本ドラマの海外人気は高いかと聞かれるとあまり耳にしたことはない。

 

gendai.ismedia.jp

 

じゃあ海外ドラマはどうなんだというと面白いものは面白いと思う。

そもそも制作予算が圧倒的に海外ドラマのほうが多い時点で面白さとクオリティは約束されたようなものだ。

 

しかし海外ドラマの欠点は売上と利権関係で物語を引き伸ばす傾向があることだ。

物語は完結してこそ面白いと思うので、蛇足感を生み出してしまうのは個人的に好みではないので結果的にあまり見ることはなくなった。

 

そのような意味で予算とクオリティのレベルが高めな海外映画はお手軽に見れて完結するので、もしアニメ映画と海外映画orハリウッド映画どっちが面白いかと聞かれたら確実に海外映画やハリウッドの映画に分配が上がると思う。

 

まあどちらにせよどの媒体の映像作品が面白いなんてひとによりけりになりますがね。

内向的な人、スーパーコネクターと繋がろうぜ

スーパーコネクターという人と人を簡単に繋げることができる超外交的な性格を持つ人がいるらしい。

なにせ自分のような内向的な人が社会的に有利になるためにはある程度の人脈が必要なる時がある。そんな時にこの「スーパーコネクター」の存在の出番というわけだ。

 

人間の外向性を決める要素に内向的と外交的があるのはほとんどの人が知っているとことだろう

 

でも内向的な自分ではできないように人を気軽に誘うことができたり多くの友達と会話したりいろんな所属に顔なじみがあったり、しかもそれを楽しみつつも友達と友達をつなげてしまうような才能を持った人がいるそうだ。これをスーパーコネクターと言うそうだ

 

そもそも内向的な人が自分の性格を変えてまで人とあって人脈を作ろうなんてことは苦手なので気が進まないし、友達が少ない状態からたくさんの人と知り合うということは時間的にも非効率になる。

それならば内向的な人が人脈を作るにはあらかじめ沢山の人との知り合いが多いスーパーコネクターと友だちになって、自分にとって、相手にとってタメになる人を紹介してもらおうという算段だ。

 

そもそも人間というのは人間関係を集中的に管理できる人数は5人ほどが限界らしい。

少ない友達の中でスーパーコネクターと繋がることで自分のことに集中しつつも苦手な対人関係に余計な気を張らずに社会的に役に立つ人脈を作ることができるようになる。

すると友達の数が少なくなることは相対的に人間関係の悩みが減るので、ストレスフリーになる

 

人脈を得るにおいてお互いの関係がwin-winな状態にしないといずれは崩壊してしまうのがオチだが、外向性が低い自分にとって友達の数を絞ってスーパーコネクターを多くするということはこれからの一人と自分の時間を多く作るためには合理的な判断なのかもしれない。

 

そもそも内向的な人は外交的な人よりも相手の気持ちに共感できる傾向が高いので、その性格のせいで人と話すのを躊躇することにより内向的に見られるということなので、そういう意味では人の気持ちに共感できる内向的な人間は自分の性格を誇っていいと思う。

 

 

参考にした本

コミュ障でも5分で増やせる超人脈術

コミュ障でも5分で増やせる超人脈術

 

太れない体質は決して良いものとは言えない

自分が太れない原因

自分はなかなか太れない体質だ。170センチで体重は40~50キロ台をさまよっている。太らないことに羨ましいと言われることはあるが、実際は太れないことはなかなかに面倒な体質なのだ。不健康に見られるし水着はなるべく着たくない。

 

ダイエット市場はいつの時代にも大量にあるが、逆に太るための方法というのはインターネットにも情報はダイエットに比べると圧倒的に少ない。

 

そもそも痩せていて困っている人は殆どいないと思われてるからだ。

太る方法で出てくる情報は大体男性向きに書かれたもので、男らしくない貧相な体にコンプレックスを抱えていたり、それを改善するためのもので、そして大体のサイトには「摂取カロリーを消費カロリーより多くしろ」という当たり前のことしか書いていない。そしてウェイトアップのプロテインのアフィリンク誘導。

 

そんなことは普通に考えてわかるし、何なら人に比べて1.5倍くらいは食べることができる。成人男性の平均摂取カロリーは2000キロカロリーだが一時期毎日3000キロカロリーを食べても全く体重は変わることはなかった。

このように毎日体重増加のために飯を食べていると飯を食うことが嫌いになってくるんだ。

結局食べても食べなくても体重は変わらなかったので体重増加のために食べるのをやめた。

 

そうしてインターネットで太れない原因を調べていくと今度は消化器官の消化不良が原因という検索結果が出てくる。確かに自分は下痢気味だ。

それを見ると消化器官を不良を回復するためには胃や腸に優しい食物繊維や発酵食品をを食べましょうと言われる。

でもそれを食べて消化器官を優しくいたわっても特に変化はなさそうだった。

 

ある時、昔に過敏性腸症候群(IBS)だと診断されたことを思い出してIBSと関連して消化器官の不良について調べてたらようやくそれらしき改善方法を見つけた。

低フォドマップ食という方法を実践してIBSの症状の原因になっている食品を見つけることが症状改善の1つだと分かった。

 

ここまでをまとめると自分が太るためにすべきことはこうなる

1、低フォドマップ食によるIBSの改善

2、他の消化器官の消化率を高める

3、たくさん食べる

この3を実践して初めて「食べたら体重が増える普通の体質になれる」ということだ。

 

太ってる人を敵に回すつもりはないが、自分の経験をもとに言うと太るより痩せるほうが遥かに簡単だ。太りやすい遺伝子やなにかの病気とかではない限り平均的な食生活をしていたら太ることは殆ど無い。

 

 

痩せてる人の配慮はほぼ世間にはない。

世間だと太ってる人に対してはデブと言ってはいけないという風潮があるが、逆に痩せている人に対してはもやしと言ってもそんな世間的な抵抗感はない。

それも痩せている人は体型にコンプレックスを抱えてる人はいないだろうと考える人が多いからだ。

褒めているつもりで「痩せてるね」という人もいるかも知れないが、実際太れない人の中には貧相な体型を意外と気にしている人は多い。気遣いって難しい。

でも自分は痩せてると言われたら褒められた気がしてちょっとアガる。

 

 

痩せている人の体質は意外とQOLが低いという自分の体験

まず自分の場合は消化不良とIBSの症状がある。それは引き起こすのは主に腹が痛くなるということだ。

総合的に要点をまとめると

・胃下垂による多く食べた時の下腹の膨れで体型が悪くなること

・筋トレが筋力アップの効果をなさないこと

・腹痛と下痢の増加、食事をした瞬間に腹痛が起こることがあること

この3つだが、筆頭してQOLを悪くするのは腹痛と下痢の増加と食事した瞬間に腹痛が起こることだ。

実際にデメリットを並べてみると太れない体質は羨ましがられることではないと思うし、もし自分が普通体型の状態でこのデメリットを見たとして、太らない体質になりたいかと聞かれてもこの体質になりたいとは思わないだろう。

 

 

まとめ

太れない体質はスリムな体型を手に入れる代わりに見えないデメリットが多いということがあるということを書いた。

でもやっぱりこの体型は食べることが好きな人にとっては天国みたいなものになるけど、自分は食べることはそこまで好きではないので、この体質をうまく生かしてるかと聞かれたらそうではないと思う。

そして消化不良の体質改善に低フォドマップ食をやれたらなー...と最近は思うようになっている。

反応のないSNSをやる理由

いつもTwitterのフォロワー100人ぐらいのリア垢で人目を気にせずぼつぼつとつぶやいてるわけだが、昔の自分は反応をもらえないツイートを大量投下することなんて意味なんか無いだろと思っていたがまさか自分がこうなるとは思ってなかった。

 

結論から言うと「誰かに聞いて欲しい欲」を発散していて、もちろん誰にでもある。

でもみんなこの欲求をどのように発散しているかというと同世代だとインスタのストーリーとDMで話を聞いてもらったり、またSNSをしていない人はリアルが充実しているとも聞くが、欲の発散のやり方が違うだけだ。恋人がいるなら恋人。友達、家族と話して発散する人いろいろある。

SNSにめったに投稿しないリアルが充実してそうな人と話してみても寂しさを抱える人が多いのは意外にあることだ。

なんだかんだみんな見えない場所で聞いてほしい欲をリアルで人に話すことで発散している。

 

自分は家族とはほぼ話さないし、LINEもめんどくさいと思ってしまうし、友達とは積極的には話さない、恋人も無い。人との話はなるべく聞き手に回るようにしている

結果、誰かに聞いて欲しい欲の矛先はフォロワーがいるけどほとんど反応がないTwitterに向いてしまう。自分は孤独には強いほうだと思っていたが、反応がないのにSNSをやるのは一種の孤独の証になる。

 

その際の自己表現と承認欲求はセットだが、反応がなくてもTwitterでつぶやき続けるのは

「承認欲求という見返りを求めたくはないが、誰かに見てほしいものがある」

また、「自分を理解してほしいけど、簡単に他人に理解されたくない」という何ともわがままな欲求が自分にある。

なんか回避性パーソナリティ障害みたいな気質してるけど傍からみたらただのめんどくさいやつじゃねぇか。

 

あと孤独は成長のきっかけになるけど、長期的に孤独だと色々と体に悪い。

その絶妙なバランスを取るというものはなかなか難しいものだ。

 

 

最近の一言:シュタインズゲート面白すぎて1日で完走してわろた

夢見な自分の明晰夢のコツ

これは一般的に言われている明晰夢の見かたというより個人的な傾向が強いものだからきをつけてくれよな!

 

最近は明晰夢を見ることは前よりも少なくなったけど金縛りにもなるしエロい夢も見るし人よりも夢精する。でもまだ幽体離脱は未経験です

そんな夢に関することで個人的に気づいた点を紹介していきます

 

 

夢の中で夢と気づく手段

・手のひらを見る癖をつける

これは現実世界で手のひらを見る癖をつけることによって夢の中でも気付ける確率が上がるという方法だ

現実で時々でも良いから手のひらを見ておくと夢の中でのおぼろげな意識の中で何をすればいいか考えた時にまず最初に「手のひらを見よう」と行動できるようになる。

それで夢の中で手のひらを見てみるとだいたい指が欠けてたり手に穴が空いてたりするので、「あ、これは夢だ」と判断することができる

とにかく自分は夢の中で夢を見ているという強い意識が必要になる。

 

 

明晰夢を長続きするために気をつけること

・意識をはっきりさせすぎない

夢の中で冷静に考えようとすると意識をはっきりさせる必要があるのだが、そうすると目が覚めやすい。夢は意識がおぼろげてるから夢なのであって、極稀にある意識がはっきりしすぎてる夢はマジで怖いし意識して目を覚まそうとしても覚めない夢なんか見るときはガチで焦る

 

・心拍数を上げすぎない

夢が良いところで終わるというのはだいたいこれ、特に悪夢でクライマックスのところで目が覚めたり、異性とキスやエッチなことをする手前で目が覚めるのは心拍数が高くなっているからだ自分はこれまでの明晰夢から考察している。

逆に言えばその続きや本番をしたいのならばドキドキしないように意識する必要がある。夢の中で本番ができないというのは自分の統計上あながち間違えじゃない。

 

この2つの条件は明晰夢に限らず普通の夢でも目が覚めやすい条件なので覚えておこう。

 

 

エロい夢を見る方法

自分は男なのでこの部分は男性向けに書いていく

・自慰行為しない

結論から言うと「性欲ためて夢の中で欲求不満を爆発させろ!」って感じ。

エロい夢を見るときはたいてい夢精を伴う場合が多い。

そもそも夢精するかどうかはその人の体質に依存する場合が多いので、エロい夢を見たくても夢精しない体質だと必然的にエロい夢を見ることができる可能性は減ることになる。

体質的に夢精しやすい自分の場合、エロい夢の内容と言っても本番まで進む場合は極稀にしか無くて、大体は前戯で我慢できなくなってしまうものなのだ。というか、勝手に出るしコントロールなんてできない。

 

じゃあ夢精体質じゃない人はエロい夢を見ることができないのかというとそうではなくて、夢精を伴わないエロい夢というのもあるし、自分がこのパターンを見た時にはある程度のリアルな感覚はあったし、なんとも不思議だ。

 

夢の中での感覚というものは不思議なことに性経験がなくても勝手に脳内の中で補完して割とリアルな感覚になってしまう。

例えばかき氷のシロップは色と香料を変えるだけで甘味料は同じでも脳が勘違いしてそのフルーツの味に勝手に変えてしまうのと同じようにだ。

 

といってもエロい夢を見ることができる可能性は普通の夢よりかも遥かに確率は低いので、見たい人は根気よくオナ禁を頑張ろう。

 

 

長い夢は見続けてはいけない

夢の中は現実よりも時間の流れは遅く、体感で現実の15分に対して夢の中は1時間くらいだと感じている。

長い夢を見続けてはいけない理由は単純に怖いからだ。

明晰夢から抜け出せないときが数回あって、そんな状態になって時にはガチで焦るし、現実に戻れないと感じると寒気がする。

そしてこれが一種の死だと感じて怖くなった。

一時期、夢日記書いたり明晰夢にハマってたけどやめた理由はこれですね

 

2chのまとめにあったのだが、夢と自分の意識を同化させるとタイムリープができる記事と夢の中から何十年も出られなくなったという記事を見て、さらに怖くなった。

 

 

金縛り怖くなくする方法

・目の前の景色は脳が作り出した幻想だと認識する

基本的な金縛りのメカニズムは脳は起きているが体は寝ていると言う状態なので、物理的に体は動かないようになっている。

ということは現実から見ると寝てる人のまぶたは閉じているが、その人はリアルな光景を見ているということになる。

少なくとも霊的な存在によって金縛りになるものではないので、幻覚と割り切るだけで怖さのベクトルは少なくなるし精神的に楽になる。

 

幽霊や黒い影などを見たという人もいるが、それは金縛りはその人にとって怖いイメージがあって、その怖いイメージの中に幽霊という存在があるため、金縛りになった際に脳がその幽霊の光景を金縛りと一緒に作り出している。

地域によって金縛りが起こった際に見るものが違うのは各国の人間が感じる怖いもののイメージが違うからだ。

 

そして自分が行っている金縛りの解除方法は指などの末端からゆっくり動かしていくイメージを持って動かそうとするとほんのちょっとだけ動いたように感じるので、それによって脳に「体は動く」と認識させて覚醒させるやり方だ。

このやり方を一気に全身に動かすことができるようになると幽体離脱という状態になるらしい。

 

話は逸れたが末端から動かす方法がうまくいくと脳がじわじわする感覚になって目が覚める。

 

 

まとめ、ぶっちゃけ明晰夢ってメリット無いわ

備忘録として書くことになったが、実際明晰夢は怖いし焦るし夢精してパンツ汚れるし金縛りにはなりたくないしで夢体質な自分は困ることはある。

でも対処法だけ分かっているだけで気持ち的に結構違うので夢でお困りの方は参考にしてくれるとありがたい。