じったbolg

1999生、アニメゲーム読書テニスアウトドア下ネタとか、言語化しないと当時の思考が不鮮明なるので書いたり評論してる

SNSとの向き合い方について考える

ミレニアル世代はSNSネイティブ

90年代から2000年代初頭生まれ、いわゆるミレニアル世代はSNSネイティブ世代だ。

SNSのおかげでメールや電話と比べ物にならないくらいのスピードで交友関係を深めることができるようになった。

自分の世代はギリギリガラケーでメールアドレスを交換していた時代だったが、中学生2年生くらいになるとスマホが一般的になり、その途中でLINEが浸透していった世代だった。

昔の上の世代のSNSといえばミクシイが主流で、次の世代、つまり自分の世代はLINEだった、今LINEは必須の連絡ツールとして、日本の全年齢層に普及しているが、純粋SNSとして機能するようになったツールとしては後のFacebookTwitterからだろう。

そして2021年現在主流のSNSサービスはFacebookTwitter、加えてInstagramの3つが3大SNSとして日本の多くの人が利用するようになっている。

 

と、前置きは長くなったが、SNSネイティブ世代の自分が対人関係と無駄とストレスのないSNSの使い方について考えてみようと思う

 

 

今若者に主流なInstagramについて

20代前半の自分たちの世代が主に使用しているツールは、TwitterInstagramだ。Facebookは仕事だったり少し上の世代との付き合いに使用するイメージが有る。

 

そして自分を含む若い世代はInstagramが主流で基本は写真を投稿して共有するツールだが、インスタの機能の一つであるストーリーで「今」の話題をフォロワーと共有して交友関係や恋愛を発展させることがあるから驚きだ。

LINEのように連絡先を聞くという壁が少ないので気軽に気になった人をフォローできるというものがLINEと比べたInstagramの強みだろう。つまりInstagramをメインに連絡を行う人もいるということだ。

 

ちなみにTwitterはどうかというとROM専用(基本見るだけ)だったり情報収集として利用している人が多い。

昔はTwitterでも投稿をする人もいたが、今はInstagramに移行してしまった。

それはなぜかというと簡単でTwitterとInstagramの違いはいいねのもらいやすさが違うからで、Twitterと比べると承認欲求が得られやすいからというものが第一にある。

 

つまりドーパミンが出たり、それが多すぎたりするのでギャンブルなどと同じく依存症になりやすい。依存症というと病気だったり特定の人が入院するというイメージがあるが、こうしたSNSの出現によって本人は依存と思っていなくても無意識下に依存症になっている人も少なくはない

 

企業もそれを逆手に取っていて、現代にはこうした依存させる仕組みを持ったツールやサービスが比較的売れやすいようになっている。そのうちの代表的なものがSNSだ。

 

人に悪影響を与えるSNSランキングというあまりにも有名なものがある。

1位 Instagram

2位 Snapchat

3位 Facebook

4位 Twitter

5位 youtube

 

となっているが、ここでおける悪影響とは人と比べてしまったり、承認欲求の依存状態に陥ってしまうことだろう。

おそらくこのランキングは「依存させやすいUI」になっているSNSランキングだろうと自分は思っている。

 

悪害ランキング1位で20代に主流、そんなInstagramだが、自分もInstagramもやっていてInstagramの嫌いな点はこれだ。

・タイムライン上でフォローしている人の過去の投稿を見ようとすると下に進むと勝手にフォローしてない人の投稿に飛んでしまうこと

・検索しようとするとInstagramアルゴリズムでおすすめされた投稿やリールを表示するところが目に入る所

 

無料だから文句言うなというのも当然だが、これらはSNSに依存させやすくできているUIだ。時間も無駄に消費するし、だからどうしても好きになれない。特に最近のInstagramはティックトックのUIに似せてきているイメージが有る。

 

 

自分がSNSについて感じている息苦しさについて

結論から言うといいね欲しさに行動している人が苦手だ。

ここでは主流のInstagramに着目している。

Instagramはいいねによる承認欲求を得やすいSNSだ。

他のSNSに比べていいねを気にして偽りの自分を演じている人の割合が多い(気がする)

自分は大学生の年齢なのでその年代の人がする投稿は

・〇〇に行ってきた

・飲み会

・遊び

・恋人と○ヶ月

が大体だ。

このような投稿は無難でいいねがもらいやすく、他人にとって気に障るというものではない日常の平凡な投稿だ。

そんなSNSにありがちなことについて気になることを下で詳しく書いていこうと思う

 

目的と手段の逆転化

自分が感じている息苦しさの一つが投稿の目的と手段の逆転だ

何か出来事があった→SNSに投稿する→結果いいねがもらえる

というものがSNSのあるべき姿だと自分は思うが

 

いいねをもらいたい→投稿のきっかけづくりに出来事を作る

なかにはそんな投稿があるような気がしてならない

自分はInstagramはその人が意図いていなくて、その投稿がいいね欲しさの投稿なのではと感じてしまうことにある。

 

もらった誕生日プレゼント、サプライズ、ディナー、出かけた場所

あなたに起こった出来事、遊び、友人、恋人はいいねを稼ぐためのものですか?と問いたい。

もちろん使い方なんて自由ですけど

 

でも本当にそのとき思っていた純粋な気持ちを共有したいのかもしれない。

もちろんそのような人もいるが、そのような人が「もしいいね機能がされなくてもその投稿をするだろうか」と考えると投稿する人は少なくなるだろうと思う

 

義理いいね

ここまで投稿する人について言及したが、SNS上でも友だちが少ない事に恥ずかしさを覚えている人で名前くらいしか知らない人に対して相互フォローしなきゃだったり、友達付き合いでフォロバしなければならないとか、友達付き合いでいいねしなきゃとかもSNSに感じる息苦しさの一種だ。

自分はなるべく義理いいねをしないようにしているし、共感という意味でいいねを押すこともあるし、本当にいいねと思った投稿にいいねをするように心がけている。

特に最近いいねが欲しそうな投稿に対していいねするときは「その人の承認欲求を満たしてやるか~」ぐらいの感覚でいいねをするようにしている。

そうでも考えないと本来暇つぶしや情報取得目的のSNSにおいて気疲れしてしまったり、いいねをする時間を無駄に過ごしてしまうことになってしまう。

 

実はこのような相互フォローや義理いいね、フォローやリムーブなどを気にするというものは日本人独特で、やはりそこには海外にはない日本人独特の同調圧力や村社会のような性格性が大きな要素なのだろう。

 

SNSが前提の人間関係

冒頭でも紹介したようにSNSの機能によって「今」を共有しDMでの会話に持っていくことによって交友関係や恋愛の駆け引きになど進めることがあるとあったが、本当に最近ではSNSに投稿したことについての話題が会話のネタになることが多い。

デメリットとしては特にないのだが、SNSを前提に交友関係を進めてしまうとその人がSNSを介して今現在何をしているかすぐに分かってしまうので、久しぶりに会ったときや初対面のときの会話に新鮮味がなくなってしまう。

これらは現実の人間関係を無理やり持ち込んでしまったと言えるし、特に友達に会っているときは気を使っているという人は、友達と会っていない時間も繋がっているという感覚は気疲れを起こしてしまう。これがSNS疲れの正体だ。

 

SNSに限らず様々なことがオンラインでできることになったことによって本来家で休憩している時間も会社や学校、そして人間関係がオンラインで完結できてしまうため、いろいろなことがネット上でできてしまうことは余計な疲れを起こしてしまう事がある。

これもインターネットが発達した弊害と言えるだろう。

 

承認欲求とうまく付き合う

SNSの投稿には必ず承認欲求がつきまとう。そもそも承認欲求はすべての人間に備わっていて、大昔の時代に集団で生活していた人間は他人から認められることは生存につながることだったので、進化論で考えると承認欲求は必要なものだった。

でも文明が発達した今では完全に必要なものではない。

 

人が成長する過程で自分の自信を深めたりすることができ、承認欲求には他人の評価で自信をつけることができるメリットがある。

しかしそれに頼りきりで自信を他者に依存しすぎてる人が多い。

自分で物事を決めきれなかったり、他人の目を気にしてしまうデメリットもある

その他、多くは「他人に見せたい良い自分」を投稿しているため、その一部分だけに対しての嫉妬、マウンティング、他者と比べて悩んだり無力感を感じるなどといった余計なエネルギーと時間を使ってしまう。

 

アドラー心理学では「承認欲求は悪」で自分の中からなくそうと書いてあるが、実際にはほとんど無理なので、SNSに限らず、承認欲求を増長させていつの間にか自分自身に悪い影響を与えてしまう物事とはうまく距離を取る必要がある。

 

ここまで散々この承認欲求についてディスってきたが、もちろん自分を成長させるという起爆剤の一つでもあるので一概には悪とは言えない。

 

自分が使いたいSNS

 どのSNSが悪くてどのSNSが良いとかは無いが、自分がいま現在メインで使っているSNSTwitterだ。

Twitterの良い点は本音が出やすいプラットフォームであることと、いいねが来づらい所にある

自分はリア垢でも他人の目を気にしないで本音をツイートする人なので、それだけでも他人からのフィルターになる。そしてその中で来たいいねこそ自分にとって嬉しいもので価値があるのではと思っている。

本音が出やすく、いいねも来づらい。でも誰かしら見ているTwitterが今の自分にとっては合っていた

 

SNSだからこそ自分を偽らないべき

自分の投稿のいいね数自分の価値を測ってしまうことは自身が持てなくなる原因になる行動だし、人と比べて自分の状況を悲観することにもなりかねない。

そしてSNS上で自分を偽り続ける人が裏垢を作る。そして人間関係を作る上で必須ではないインターネットの世界で自分を消耗する

だからSNSこそ自分を偽らないべきだと思うし、何よりも他人のいいねの欲しさを気にして投稿されたものはそこまで価値があるとは思えない

SNSの投稿に価値とか面白さを求めること自体違うことはわかっているが、どうしても同じ立場の人が多い以上、似たり寄ったりの投稿が多く、マンネリ化してしまっていた。

また、自分を偽るべきなのは自分をブランディングするためのアカウントだったり、立場上はあまり下手なことは言えない著名人だけだ。

 

SNSにおける最近の傾向

2021年現在、SNS疲れという言葉が世の中に知られてきてからというもの、Instagramにおいては自分撮りや〇〇なことがあったなどの主張が強い投稿が減ってきた印象がある。

やはり主張が強い投稿はあまり好まれないというトレンドに変化していって、その代わりに匿名映えインスタをアーカイブ投稿して他人に見せられる日記帳代わりにしている人が増えてきている

 匿名映えというものは顔を隠して自分の服装や写真を取る場所、ポーズなどで自分やその周りの雰囲気を知ってもらったり、そんな雰囲気が好みだったりを見せるものが匿名映えだ。

またアーカイブ投稿で他人に見せられる日記帳代わりにしている人も少なくない。

アーカイブ投稿ということはいいねは殆どつかないので、やはりそれも普通に投稿して主張することはしないというトレンドに乗っかっていたり、もしかしたら、いいねの数なんて気にしたくないという「SNS疲れ」の裏返しかもしれない

 

以前のようなキラキラした投稿が多い時より、このような自分の好きなものを気にせずに投稿でき、他人の目やいいねの数を気にしないで本音で投稿できるような風潮になってくれると個人的にはこの上ありがたいことはない。

 

 

参考にした本

僕らはそれに抵抗できない

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