じったbolg

1999生、アニメゲーム読書テニスアウトドア下ネタとか、言語化しないと当時の思考が不鮮明なるので書いたり評論してる

専門卒したけど

先日専門学校を卒業した

高校生の時、自分は今は何かとリスキーな航空業界で航空整備士の仕事に就こうとして入学し、コロナ禍の中なんとか就職先を見つけて卒業したのだが、結論から言うと年数と学費の割に合わなすぎたという言葉が出てくる

 

自分の中での専門学校のイメージは

「社会や自分の志す業界に向けて即戦力となるような技術を育てる教育機関」

というイメージなのだが実際に即戦力なんてものは社会に出てその業界に入らないと「本当に」必要なものというものは見えてこないし、それがわからない限りはどんな努力も無駄になる可能性が高くなる

 

言ってしまえば専門教科の座学なんてものは自分たちが今まで小中高とやってきた歴史のテストの語軍や覚える単語が専門用語になっただけで、本質的にはこれまでやってきていることと何一つ変わらない。ちなみに自分の学校において実技関連の学習はほとんどないといってよい

 

例えばこんな問題、これは航空整備士の国家試験の基本技術の範囲で出る問題の一つだ。この問題と試験に合格しなければ航空整備士の資格を受け取ることはできない

 

例)グリーンブック航空機の基本技術 ベンチ作業 

Q やすりでものを削る際の方法を3つ言え

A ・直進法 ・斜進法 ・並進法

 

正直この知識が航空整備士にとって必要になる機会はほとんどないと言って良い

そんな航空整備士の仕事で働くには必要とは思えない知識の詰め込みが多数行われる。もちろんそのために多くの時間とお金をかけることになる

これに対しての不満をぶちまけてもしょうがないのだが資格職というものは本当に必要な知識の吸収を遅らせ、短期での成長を阻む原因にもなりかねないと感じた

それならば資格職があまり関係ない社内資格のある民間の航空会社にインターンしたほうが短期間で即戦力となり成長できるという意味では効率的だ。

 

おそらくこの業界では安全が最優先されるため資格職になることはしょうがないのだが、今後は人手不足になると思うので、それに備えて考えると民間の航空会社の整備士を効率よく育成するのであれば絶対に試験の形態を変えたほうが良いと思った。ほとんどのテストで口述試験あまりにもマイナーすぎる。試験官によって点数が左右される要素も不公平になりかねない

今どき口述試験を採用している業界は航空整備士の業界の他にも司法試験の第二試験に採用されているとしか自分は聞いたことがない。今の時代に口述試験が選ばれない理由も考えるべきなのではと思う。

 

そして実際の修理作業、整備作業をほとんどやらずに就職のための整備士の資格取得のために今後役に立つかわからないような知識を詰め込んで試験に合格したとしても実際に整備作業をすることができる人というのは育成されず、名前だけの資格を得ることになる。それだけでもこの業界の就職には有利になるのだが、実際に作業はできない人が発生することになる。

そして会社の研修でやっと業界で本当に求められることを学ぶので、スタートラインとしては実質的に大学生と同じになる。ではその中でわざわざ進路選択として専門学校に行くべき理由は?と聞かれると微妙だ。多くの専門学校は勉強が苦手な人の救済措置と言って良いかもしれない

 

ちなみに自分が専門学校に行くと決めた理由は自分は勉強ができなかったし、大学でだらけてしまうので行く意味はないだろうから専門学校に行って即戦力な技術と就職先を身に着けようとしたわけだがそんなうまく行かないものだ

 

強いてもう一つ学校で役に立ちそうだったことがあって、自分の学校のルールでは挨拶や礼儀に厳しかったので、本当の必要かわからない朝礼や校訓を言ったりだったりと、正直気持ち悪かったけど謎の免疫がついたことによってどんな人間でも会社に入ってからの最低限の挨拶や礼儀を違和感なく身につけてそれを実行することができる様になったことについてはプラスにはなっただろうなとは感じる。

常日頃から挨拶を厳しく習慣化している学校とそうでない学校の人ではどうやらその人の礼儀正しさのイメージが相当違ってくるらしい。実際に自分が体験したわけではないのでわからないが一流の大学を出ている人でも挨拶関連ができない人は一定数いるらしいのだ。

 

もう一つ勉強面に関してのことなのだが、専門知識の暗記作業がとても多かったため、そういった暗記に関しての勉強についてはこれまでの中高の受験勉強に比べたら圧倒的に勉強時間に対する成績の向上が上がっていて、勉強の質を上げて効率化することができた。

これからもし転職する場面になって資格やある程度の知識の吸収が必要になった時にそのような勉強面ではブラックな学校での修行が役に立つ時が来るだろうし、その暗記作業の向上については自分にとって一生モノになる技術かもしれないと思う。

 

結論

・やりたいことのために自由な時間を使える、自分を律することができる人は絶対に大学生になったほうが良い

これは本当にそうでそこまで好きではない分野で専門行って途中でほかの興味のある分野が見つかった場合の時間を無駄にした感は半端ではない。

そして専門学校はすべての学びが即戦力に繋がるわけではないので、ぶっちゃけ自由な時間を使える大学生の方が少ない時間で効率的に本当に必要なことを自分で考えて時間を使えて学ぶことができる。それができる人は絶対に大学に行ったほうが良いと感じた。

だからといってやりたいことが見つからないから大学生になったという場合は、あまりにも就職の選択肢が多いため自分にあった会社を見つけるために多くの時間を悩んだり無駄な脳のリソースを使ってしまう。健康にも悪い。

あえて特にやりたいことが見つからない場合は脳のリソースを無駄にしないためにも国立の職業訓練校や就職率が高い専門学校を通してとりあえず社会人になってみるのも自分は大いにありだと思っている。

どうせ会社に入ってしばらくしないとその職業や業界がどんなものかわからなかったり、もしかしたらその職業が天職かもしれないし、自分を消耗するきっかけになるかもしれない。

ぶっちゃけ会社ガチャですよ。入ってない限り本当に適正かどうかなんて分かりやしない。その会社が自分にあってないと思ったら転職すればいい。だからとりあえず就職までのルートを楽にするためにもやりたいことがないから専門や職業訓練校に行くってゆう手段は割とありではないかと思ってる。

 

・専門学校はその人がその分野が好きでたまらないという人以外はもはや拷問になりかねない

答えは一つ、好きな分野でないと問題や分野の知識を吸収する際の効率がぜんぜん違う。その分野が好きで学校に入った人は授業中や就職先の話をする際も目の輝きがぜんぜん違うが、自分は好きでその分野の学校に入ったわけではなかったので正直授業中も拷問にしか感じない。楽しいからその分野に入るというのはやっぱり精神衛生上大変結構なことだなと身を持って感じる出来事となった。

しかし別に好きな仕事や分野でなくても仕事に関する幸福感は好きな仕事をしている人と比べてどうやらそれほど変わらないらしい。

 

・学ぶために学校に行くのは甘えだなと思うようになった

このインターネットが普及してどんな人にも平等に情報が行き渡る現代の社会では自分で勉強できる人についてはわざわざ学ぶために学校に行く必要なんてものはない。

学校のわからない分野だってYoutubeで数学の授業を検索したらわかりやすい単元の授業の動画が出てくるし(実際に大いに役立った)ITスキルや絵をの書き方など普通の学校に行くよりかは遥かに効率がよく時間とお金を無駄にすることもなく技術を習得することができる。学ぶために学校に行くのは逆に「受け身」に見える時代が来るのではないかと思っている。

しかし今も根強く学歴社会は残っているので、実際に社会に役に立つ技術とは関係なしにもはや義務教育同然の高校を卒業したあとの大学や専門学校に行くべきなのは間違いない。

だがこの学歴社会もいずれかはなくなってほしいと感じる。惰性で学校に行くほど時間とお金のムダはない。楽しいかどうかは別として目的を持って学校へ行く自律というものがもっとあって初めて役に立つのが高校卒業後の教育機関なのではないかと思うようになったのが在学中に考えてたことの一つだ。

 

まとめると、総合的に専門学校を卒業したことは自分のキャリアについて多く考えるきっかけになったのとほとんど就活をパスして就職することができたので、それについて学費を払ってもらう価値はあったのではないかと思った。

しかしその時間と学費がしっかり見合ったものかと聞かれるとやっぱり学校に行くことはそこまでコスパは良くないなと改めて思ったこの三年間だったと思い知らされた。

結果的に自分にとってはプラスになった経験だと思ったのでまぁいっか。